オーダースーツ札幌
小景コラム
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STYLE EVERAFTER

 

Elliott Gould 1938-    

小説の映画化は悩ましい。
卵が先かニワトリが先か・・・
作家レイモンド・チャンドラーの人気シリーズ、
私立探偵フィリップ・マーロウはいわばアウトローの花型。
ハードボイルド・タッチの骨太な文体は、
フィルムになぞらえるにも骨が折れる。
これまでにハンフリー・ボガートをはじめ、数々のシネマスターがマーロウの実写化に務めてきた。ほろ苦く、そつがなく古式に則(の)っとる。

かようなフィルム・ノワールの流儀も、曲りかどに差しかかった。
ときはニューシネマの引き潮70年代前半、ひと山もくろみ“型破り” も辞さなくなる。
その叩き台がチャンドラー原作【長いお別れ】の映画化。
こうして監督には異端のロバート・アルトマン、主役にはエリオット・グールドという、くせ者揃いが抜擢され、ステレオタイプを逆手に取った【ロング・グッドバイ 1973】が誕生。
時代設定は原作の50年代から、大胆に変更された。映画化当時の70年代が舞台となる。反戦運動後の精神的荒廃やカウンターカルチャーが幅を利かせる中、マローウの立ち位置はいかに?
もはや、折り目正しくトレンチコートや中折れ帽は身に付けていない。カリフォルニアの陽光の下、ぼさぼさ頭にサックスーツを引っ掛けた、無頼派マーロウがそこにいた。

古びたペントハウス、深夜彼はうたた寝から覚めると、のらりくらりと外に出た。駐車場エレベーターまでの道すがら、くわえタバコでネクタイをぶら下げる。
その後ろ姿に、上がってきたエレベーターの照明とLAの夜景とがかさなった刹那、場面暗転。
タイトルロール【Elliott Gould in THE LONG GOODBYE】ジョン・ウィリアムズのテーマ曲が、ピアノとシンバル、ウッドベースの衝突音で動き出した。
ジャズのグルーヴ。実際に当時グールドの愛車だったという48年型リンカーン・コンバーチブルには、カーラジオの音響に変調されて、曲がリレーする。
ほどなく、静まり返ったドライブウェイにまわり込み、
彼が乗りつけた先は・・・24時間営業のスーパーマーケット。
“いやいや猫のエサを切らしちゃって・・・” 開始早々、勝負あった。

原作にはミステリーの背景となる社会時評もマーロウの語りを通して織り込まれているが、アルトマン監督は代わりに70年代の実相をさらりと反映させた。流れるようなカメラワークと音楽に浮遊させて。
また、親友テリー・レノックスの登場場面も好対照。原作ではナイトクラブの駐車場に停めたロールスロイス・シルバーレイスのなかで酔いつぶれていた有り様。かたや映画では、フェラーリ・デイトナ・スパイダーを平然と乗り捨て、国境を跨(また)ぐ。
白けた時代。こなたグールド演じるマーロウは、それでも昂(こう)然と、ひとかどの侠(おとこ)気を通してみせた。ズドンと一発の号砲によって。
口ぐせは " it's okay with me " くわえタバコが勇み肌。



Roy Scheider 1932-2008

ショウほど素敵な商売はない。
There's no business like showbusiness.
ブロードウェイ。マンハッタン島を南北に貫く大通りは、ミュージカルの代名詞。
音楽家、劇作家、演出家に俳優・・・ニ十世紀の大衆芸術シーンは、この移民の大都会を抜きにサクセスストーリーを語れない。

“ 見上げるほどの摩天楼。これが、冒険心と困惑と、いささかの恐怖心をもって憧れていたニューヨークでした。
街をゆく人は、他人の都合などほとんど考慮に入れていないように見えたのです。愛想よくしたり、ていねいに振る舞うことなどを、まるで人間としての弱さと考えているように。
アメリカ人は、エネルギッシュな夢に取りつかれた楽天家であり、挫折を知らない冒険家であり、いつも、素早い大儲けをねらっている。
成功しろ!出世しろ!裏をかけ!
こうした気風は、次第に私のこころを明るくしてくれるようになりました。
そうだ。どうなろうとアメリカでがんばろう。私は決心したのです ”
チャールズ・チャップリン【自伝】より

ここにもまた、そうした夢に取りつかれた男がいた。
希代のミュージカル演出家でありダンサーが、ステージに賭けた命【オールザット・ジャズ 1979】
主人公ジョー・ギデオンは、新作に向けて身を削る毎日。
芸術家としての理想と興業上のプレッシャーのなか、仕事と酒と女にまっしぐら。
病の発作を伏せてまで突き進むドル箱スターを、誰も止められない。
完成間近、倒れて生死をさまよう男の脳裏に、美しい天使が現れた。
この世の夢追い人が見た、胡蝶の夢。
Bye bye love, bye bye happiness. Hello loneliness, I think I'm gonna cry.
ショウは終わらない。
毎朝、目を充血させて鏡に向き合う掛け声が、心意気。
“ It's show time , falks ! ” 皆さん、開演です!

実在の演出家本人がメガホンをとり、虚実入り混ぜて半生をもとにした映画化作品。
その主役を担ったのが、名優ロイ・シャイダー。
彼にはニューヨークがよく似合う。ウディ・アレンのような文化人風情とはまた違う、市井(しせい)のタフガイ像には、どことなく町人気質(かたぎ)、使い込まれた真鍮製(solid brass)ボルトのような輝きがある。
ときに助演も兼ねるスターはそういない。言わずと知れた【フレンチ・コネクション 1971】では、ジーン・ハックマンの相棒として、メリハリに欠かせない重石(おもし)だった。アラン・J・パクラ監督作【コールガール 1971】では、ジェーン・フォンダをたぶらかす悪役に。そして、ローレンス・オリヴィエと共演した【マラソンマン 1976】でも、助演ながら物語のキーマンとして、プロットを組み立てるシャイダーの存在は、ニューヨークの四季に慎ましやかに光っていた。

ひとを引き立てる街があるように、そのひとが引き立つスタイルもある。
ボクシングで鍛えたシャイダーは、被服の下に鋼(はがね)の肉体をもつ。逆三角形の上半身と、堅固な意志の強さをあらわす面長な顔貌には、ロングポイントカラーのシャツが、楔(くさび)のごとく決まる。
開きは狭く、なおかつ襟先をながくすることで、重心のバランスを加減。一枚のシャツが、カラーステー(襟の支柱)の有無で、タイの納まりも表情豊かに。ビジネスには襟を正し、プライベートには襟をしならせ、町人の気風(きっぷ)にも緩急を。
made to order では、シャツのデザインはもとより、襟や袖口に用いる芯地の仕様も、お客様のご希望に応じてお選びいただけます。


 

Edward Fox 1937-

巨人シャルル・ドゴール【Cherles de Gaulle 1890-1970】
二度の大戦をくぐり抜けて将軍から宰相、ついにはフランス第五共和制、初代大統領(1959-1969)にのし上がった。
乱世の雄は、植民地支配と財政危機の狭間で、政策転換を断行。また東西冷戦の渦中、フランス独自の国防を強行した。波乱万丈の生涯には、常に内外で権勢と反発の火種がつきまとう。

1962年8月22日夕暮れ時、
セーヌ右岸のパリ8区サントノレ通り55番地。白バイに先導されて二台の車列が、壮麗なエリゼ宮の正門を出た。近衛兵が直立し、敬礼をおくる。
大統領一行、シトロエンDS19はパリ市街を抜けると、一路ビラクーブレ空港へ。郊外の長い直線の十字路、プチ・クラマールに差しかかろうとしていた。
そのとき、道端のバス停にいた男が、折りたたんだ新聞紙を振る。
“ 撃て! ”の合図。宵(よい)の薄闇から銃火の嵐が襲い掛かった。
時速70マイル(110km以上)で通過する標的に、狙撃隊はタイヤ二本を打ち抜き、続けて十二発の銃弾が大統領専用車を貫通。
ある一発はドゴールの鼻先をかすめたが、車列はどうにか衝突を回避。一部パンクしたタイヤのリムをむき出しに走り続けた。奇跡的にも乗員全員が無事だった。

ときは民族自決の候、アルジェリア独立もやむなし。
インドシナにつづき、北アフリカの領有も放棄した政府に対し、駐留軍の一部と入植者が反旗を翻す。
“祖国に見棄てられた・・・” 彼らのドゴール崇拝は憎悪に豹変。外地の動乱は、矛先がフランス本土に向く。そこへ反体制の右派も相乗りし、旧レジスタンス勢力を巻き込んだ秘密軍事組織(OAS)を結成。国家転覆=ドゴール暗殺を企てた。
そのひとつが先述のプチ・クラマール事件。これに前後してOASによる一連のクーデター計画は、なかば狂信的に繰り返され、老翁暗殺未遂は六度にわたる執拗さ。
当時、ロイター通信のパリ特派員だった英国人ジャーナリスト、フレデリック・フォーサイスは、ドゴール番記者として、まさに相克(こく)の現場を取材していた。官憲には威信が、敵には存亡が懸かる。
その経験に基づき1971年、史実とフィクションを融合させた小説【ジャッカルの日】を上梓。綿密な取材記録と巧みな筋立ては渾然一体。デビュー作はたちまちベストセラーとなる。

毒を以て毒を制す。国家の権謀を駆使したテロ掃討戦により、OASは徐々に切り崩しの憂き目にあった。度重なる失敗の裏には情報漏れ、組織の中枢に内通者(スパイ)がいることも疑わせる。
元駐留軍大佐でOAS指揮官、マルク・ロダンは苦渋の決断を下す。もはや外部のプロフェッショナルに託すしかない。記録に載っていない外国の狙撃手・・・
地下勢力のネットワークを通じてロダンが見抜いた男は、空路ロンドンから呼ばれた。
“引き締まったブロンドの男の顔には、これといって特徴がない。ただその目は、こだわりもなく相手を見つめ返す。まるで表情が現れてこなかった・・・”
ロダンには到底コントロールしえないものを感じ取るが、背に腹はかえられぬ。破格の成功報酬と引き換えに契約が交わされた。
“今後、計画の立案、実行もすべてひとりでやる。必要になればこちらから連絡を取る。暗号名は・・・そう、いわば狩りだ。ジャッカルでいこう”
こうして男はひとり、また人混みにまぎれ去った。

起死回生を賭けたOASの目眩(くら)まし。フォーサイスの創作は、ここに特化した。厳重な警備をかいくぐり、一体ジャッカルは何処から標的に照準を合わせるか?当局はいかにしてハンターの影を突き止めるか?まるで決定的瞬間の針を逆戻しするかのような正確無比な構成は、数々の公式記録と実在の人物エピソードを交えながら、真に迫る。
その神髄は、英仏合作の映画版、フレッド・ジンネマン監督【ジャッカルの日 1973】のなかにも受け継がれた。劇中にBGMは無く、説明的なセリフを排した手法は、さながら群像ドキュメンタリーを思わせる。序盤、観光客に扮したジャッカルがパリの方々を歩き、蚤(ノミ)の市では雑貨を見てまわる。見過ごされそうなシーンにも、じつは伏線が敷いてあった。彼がアルファロメオ・スパイダーを選び、伊仏国境を越えたのにも理由がある。
“当時イタリア車でアルファのシャシーが、特に深いフランジ=鍔(つば)型の突縁を持っていることを、ジャッカルは見落とさない・・・”
それが終盤で繋がっていく緊迫感は、原作を凌(しの)ぐ。
Xデーが決まる。逆境のなかにも勝算をはじき出し、高みからライフルを構える。
その影は、英仏の傑作、超音速機コンコルドが機首の先端を傾けて着陸姿勢をとるように、あたかもシャルル・ドゴール空港に迫ろうとしていた。

ジャッカルに扮した男は、エドワード・フォックスという。
ロンドン出身の舞台派は、この大役を颯爽とバレエダンサーのような身のこなしで、見事ものにした。
王立演劇アカデミー卒といえば、【ダイ・ハード】で冷血な強盗を演じたアラン・リックマンも有名なように、英国出身の性格俳優は特有の空気をもつ。体温でカムフラージュされたオードパルファムの香気。正体不明のジャッカルには、野生的なオリエンタルノートが相応しい。

そのエッセンスは着こなしにもある。髪と肌の色に合わせたベージュのスーツ生地は、ウールギャバジンと思しき質感。これは経(たて)糸と緯(よこ)糸を異なる密度で織り上げたもので、表側に綾目の斜線がしっかりと浮き出る。見え方によっては、微妙な陰影の光沢も特徴。
デザインからは英仏のアンサンブルが漂う。肩まわりは厚みをもたせ、かつ袖山の輪郭を上げた、いわゆるハイショルダーに胴絞りを効かせたシルエットは、サヴィルロウの名店、ハンツマン&サンズのスタイルを彷彿させる。傾斜(スラント)した上着のポケットは乗馬の由緒。そこへボタンダウンカラーのシャツとシャンブレーのタイを合わせるあたりは、至って形式ばらず。さながらパリモードによる迷彩=カムフラージュだろうか。ハンターの仕掛けはじつに巧妙。


 

Viggo Mortensen 1958-

Winner take all.
仮定法現在の用例は即物的なほうが覚えやすい。
God bless you ! では観念を要する。

Winner =戦勝国が手にするものは、陸海空の領有権や、資源の確保にとどまらず。
歴史改ざんや科学技術の接収など、知的所有の一切を乗っ取る。
日本もドイツも、こうして優れた航空産業の礎が絶たれた。

消えずに残るものもある。今なお世界各地で唸(うな)りを上げる、モーターサイクルのエンジン。
水平対向2気筒 =フラットツインと呼ばれる、シリンダー同士を水平に向き合わせた独特の機構。車台フレームから左右に突き出たレイアウトは一目でそれと分かる。
発祥が航空機エンジンメーカーのBMWを象徴するものだが、この製造技術とノウハウは第二次大戦後、旧ソ連によって接収された。複製が冷戦時代に東欧や中国にも伝わり、現在に至る。
その名【URAL】ウラルという旧ソ連製モーターサイクルは、生産拠点の地名にちなんだもの。キックペダルやチョークレバーの操作など、エンジン始動の形態も旧来のままだが、かえってオリジナルの機械的な味わいにファンは少なくない。

デイヴィッド・クローネンバーグ監督作【イースタン・プロミス 2007】のなかで、21世紀の現代をその旧車は走っていた。
クリスマスシーズンのロンドン。雨の夜に、あるひとつの命が交差する。
救急病院に運ばれてきた重篤(とく)の少女が、子を産んだ直後に息を引きとった。
身元不明、所持品は一冊の手帳のみ。
一夜にして少女の出産と臨終に立ち会った助産師のアナは、不思議と共感めいたものに突き動かされる。手帳はロシア語で書かれていた。

手がかりを頼りに、あるロシア料理店へと赴(おもむ)く。迎えたオーナーは大きな体躯の好々爺。はじめは怪訝(けげん)そうだったが、アナの名刺を見るなり、相好を崩す。
【アナ・ヒトローヴァ】・・・ロシア系のハーフだった。
彼女の愛車が、かのウラル。父の形見だという。
“お父上の名は?” “イヴァンです” “じゃあ、君の名はアナ・イヴァーノヴナだね!”
ロシア語では人名を【名+ミドルネーム(父称)+姓】であらわすが、ミドルネームは省略されることがあり、彼女の名刺にもそうあった。
ではなぜ、老人はアナのミドルネームを言い当てたのか・・・?
【父称】とは父の名を語尾変化させたもので、大まかにいうと、男子につける場合には、その父の名の語尾に【ich】~イッチやヴィーチを、女子には【evna】~エヴナやノヴナを付け足す活用形がある。
イヴァンの息子ならイヴァノヴィッチ、娘ならイヴァーノヴナ。
ロシア人=スラブ語族ではこうして父親の名をもとに、誰それの坊ちゃん、嬢ちゃん!と呼びかける習わし。

老人は実業家であり、コミュニティーの顔役=ボスだった。祖国の言葉を十分に解せないアナに代わって、一役買って出ようと、少女が残した手帳を要求する。
しかしアナは手放せない。いつしか自らの手で少女の形見を遺族の元に届けたいと願うようになった。聖夜に生まれたその孤児をクリスティーナと名付けるほど、見えない面影に引き寄せられる。
覚束(おぼつか)なくもアナが手帳を読み始めた。
少女による日記らしい。
そのなかに記されたセミオンという名は、老人と同じ名だった・・・
こうしてアナは、移民がひしめく大都会の暗い影へと踏み込んでしまう。

“ もう手を引け。住む世界がちがうんだ ”
ニコライという男が現れ、彼女に忠告する。
ただの運転手さ。と冷笑する彼だが、ボスの【undertaker】という種々の仕事を請け負っていた。そして新たな命を受ける。
ニコライにセミオン・・・アナを取り巻く男たちはいったい何者なのか?

“ 俺は暴力の研究家だ。なぜって人間の心の研究家だからな ”
一代の鬼才、サム・ペキンパーの言霊(だま)。無法者のスリルと寂寥(りょう)が斜陽する西部劇の荒野に吹き渡る。
それは傑出した演出家と役者が揃ってこそ、ドラマの容(かたち)を成す。
エリア・カザン監督とマーロン・ブランドによる【波止場 1954】があり、マーティン・スコセッシ監督とロバート・デニーロによる【タクシードライバー 1976】がある。表現方法は異なれど、彼らが切り込む先の本質は変わらない。うちに巣くう抑えがたき力。

21世紀、デイヴィッド・クローネンバーグ監督が、その力を吹き込んだ男こそ、ニコライ。
ヴィゴ・モーテンセンである。
ニヒリスティックな薄笑いに隠された、獰(どう)猛な生と性(さが)。前作【ヒストリー・オブ・バイオレンス 2005】でクローネンバーグ監督とコンビを組み、容赦なき人間的矛盾の描写は世界の映画賞を席巻した。アウトローの映画史に新たな像が打ち立つ。だが、ヴィゴにはそれ以前にも、ショーン・ペン初監督作【インディアン・ランナー 1991】で同種の葛藤を孕んだ人物像を演じたキャリアがある。はまり役=カリスマの下地は一朝一夕ではない。

そして本作【イースタン・プロミス】では既に風格さえ漂わせる。
ヴィゴ演じるニコライはアナに目を光らせ、ときに見守る。その微妙な距離間に介在するひとつが、アナの愛車。ウラル山脈の向こう、エカテリンブルグから渡ってきたという接点がニコライにはあった。
故障したエンジンをさりげなく修理する件(くだり)など、道具使いにも粋な計らいが散見。
ロンドンの灰色の空と街に同化したダークスーツは、かのジョルジョ・アルマーニによるもの。
スーツの伝統を革新させたイタリア人デザイナーのスタイルは、既に四十年近い歴史を持つ。今やモードを超えたクラシックに匹敵。肩パッドや厚い芯地を削ぎ落とした彼の斬新な手法と、デザインセンスは、従来の型であった【仕立て映え】という一面的な威光性を取り払う。
モノトーンの被膜に透ける多面的なパーソナリティー。スーツの聖地ロンドンに、現代のクラシックを異邦人ヴィゴが纏(まと)う。その位相差は、およそメビウスの輪のごとく連結する。



文責在Northern Tailor




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